出会いたい芸人

お笑い好きな私が一度は出会いたい芸人

出会いたい芸人-クールポコ-

2009-06-17
クールポコとは、日本のお笑いコンビ。所属事務所はワタナベエンターテインメント。

インターネットの相方募集の掲示板で知り合う。当時、路上コントをしたもののコンビは組まなかった。せんちゃんは別の相方と組んでいて小野はピンだった。その後2000年11月にコンビを結成。

2001年10月に、コンビ名をサシャナゴンに改名。せんちゃんがお菓子の紗々(ロッテ)が好きで、小野がセイショウナゴンが好きなところから取られた。

最終的に決まった現在のコンビ名は、事務所の先輩、ネプチューンの名倉潤が名付け親。クールは2人の行きつけの美容室(蒲田駅東口「coeur」)の名前。ポコは名倉がせんちゃんの顔を見て決めた。

2007年2月に自主的に東北行脚「男は黙って・みちのく旅」を決行。東北各県「福島・山形・宮城・秋田・岩手・青森」を廻り、「男とは何か」を探しながら、各県の主要駅で路上ライブをしたという。最後の青森では雪に降られながら青森駅前で路上ライブをした。そしてそれだけでは終わらず、さらに本州最北端の大間町まで行き、路上ライブを決行。前日に青森のローカル番組に出させてもらい、大間でのライブを告知したらしいが、見に来てくれた客は子供2人だけだった(しかもほとんどウケなかった)という。

ネタの主導権など、クールポコの決定権は100%小野が持っている

インターネットとは縁の深いコンビである。2人の出会いは、インターネットの相方募集であった。また、ネタで使う臼は、小野がオークションで1.000円で落札したという。ちなみに、入札者は小野だけしかいなかったという。

「ザ・挑戦」という企画で2人はそれぞれの大事な物を賭け、わさび歯磨きをした。最初に辛い顔をした方が大事なものを潰されるというルールで、せんちゃんが負け、黒夢の清春のサイン入りCDが小野に粉々にされた。

また携帯サイトでも「ザ・挑戦」と同じような内容の企画ムービーが配信されている。2人はそれぞれの大事な物を賭け、あっち向いてホイをし、負けた方が大事なものを潰されるというルール。小野が負け、子供の頃父親に買ってもらったバス釣りのルアーがせんちゃんに粉々にされた。

小野は引越しが得意で、軽トラックを所有しているという。せんちゃんが小野の引越しを手伝った際には、手際の悪さから「なってない!」と怒られたという。

小野が失恋した時、独りでいるのが辛いのでせんちゃんに連絡を入れ、すぐに来てもらったが、小野の家に泊まるのは拒否された。そのときにせんちゃんは「決勝戦まで行ったよ」という、よく分からない励ましをしたという。

歌手の山下達郎・竹内まりや夫妻及び、紺野美沙子はクールポコのファンである。


出会い
出逢い 掲示板
Posted by ladynavi at 21:02:42 │その他

出会いたい芸人-矢野・兵動-

2008-08-07
矢野・兵動(やのひょうどう)とは日本の漫才師である。所属事務所は吉本興業。1990年コンビ結成。共にNSC大阪校9期生。同期にはナインティナイン・宮川大輔・ほっしゃん。・川畑泰史・へびいちごなどがいる。

うめだ花月を拠点としている。正統派しゃべくり漫才と評価は高く、漫才のみのイベント、「漫才病」も漫才ファンをうならせている。現状、うめだ花月の看板。

矢野 勝也(やの かつや、1970年8月17日 - )
兵庫県尼崎市出身。ツッコミ担当。2007年2月に入籍。血液型はAB型。
「まいドゥー」が持ちギャグ。相方の兵動に対する溺愛ぶりが凄い。チュートリアルの徳井義実と仲がよく、「やのちゃん☆とくいくん」というイベントも開催した。
以前ナインティナイン矢部のギャラが、間違って矢野に振り込まれていたというエピソードがある。また矢部曰く、矢野は芸人でありながら空気が読めない、とのことで、それもあってか矢部は矢野のことをあまり快く思ってはいない様子。反面、矢野と岡村の関係はそれなりに良好だったようで、同期ということもあってかお互いの近況を気にしている様子が今もたびたび見られる。西川のりおには「ニセモンの横山やすし」と言われているらしい。歌が上手でクレイジーケンバンドのタイガー&ドラゴンが十八番、芸人の披露宴や番組でも披露している。2007年6年間交際末結婚、2児のパパ。
矢野はNSCへ途中入学した。NSCには途中入学の制度はなかったが、当時漫才師の弟子入りを希望していたが断られたため入学することになった。(後出の兵動DVD発売のインタビューにて)

兵動 大樹(ひょうどう だいき、1970年7月24日 - )
大阪府大阪市出身。ボケ担当。2005年10月に入籍。血液型はO型。
しゃべりが上手く、人間観察力も大変優れており、「兵動大樹のおしゃべり大好き」という、一人でのトークイベントも開催し、好評を博している。また、後藤秀樹とのトークイベント「兵藤トーク」も好評である。
ライブ中にうっかり携帯電話の番号を言ってしまい、さらにKBS京都は親切に番号の字幕を出し、「お掛け間違いのないようにご注意ください」とまで出し、激励の電話もあればいたずら電話も多数あり、困り果てた兵動は電話番号を変えたという実話がある。
一時期、赤飯中心の食事とランニングで3ヶ月で14キロ痩せたこともあったが、本人曰く「3階から落としたボールが8階に戻ってきた!!」ようなリバウンドをし、今では当時より太っている。喫煙者である。
「人志松本のすべらない話」シリーズには2007年9月のスピンオフ企画「大輔宮川のすべらない話」を皮切りに本編の第11弾、ザ・ゴールデンSP2、ザ・ゴールデンSP3と計4回出演し、うち3回MVP(MVS)を獲得している。
2008年7月23日に、「兵動大樹のおしゃべり大好き」のDVD第1弾が発売予定である。
兵動はへびいちご島川とコンビでNSCに入学したが、当時祖母と住んでいた市営住宅では芸人になれないと祖母に言われたためコンビを解消し、一旦放送作家志望に変更した。しかし、他人のネタを見るだけではつまらない感じ、兵動が書いたネタを中途入学した矢野と試すべくネタ見せに並んだところ、人前でしゃべるのは楽しいと感じ、芸人志望を復活させる。翌日、兵動は一人でネタ見せに並んだが、矢野が(兵動に断り無く)ネタ見せに一緒に出て来たことから、自然にコンビ結成に至った

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Posted by ladynavi at 11:43:23 │その他

出会いたい芸人-宮川大輔-

2008-07-10
宮川 大輔(みやがわ だいすけ、1972年9月16日 - )は、日本のお笑いタレント、俳優。京都府京都市出身。京都西高等学校(現・京都外大西高等学校)卒業。吉本興業所属。既婚。身長169cm(『channel a』の番組内での測定より。公称172cm)。血液型B型。事務所の先輩である宮川大助・花子の宮川大助とは同音異字である。

親の同級生である桑原征平(元関西テレビアナウンサー)の紹介で高校3年生の時に大阪NSCに2ヶ月遅れで入る。もともとは俳優になりたかったらしい。9期生でナインティナインとは同期である。
1991年4月に星田英利(現・ほっしゃん。)とチュパチャップスを結成。同年より吉本興業の若手6組によるグループ「吉本印天然素材」にメンバー最年少で参加。
1997年に結婚。
1998年には、芝公園にあったロシアレストランにてキッチンで働きながらお笑いを続ける。
1999年にコンビ解散。解散後も元相方・ほっしゃん。とは舞台やテレビで共演をしている。
解散後は舞台を中心に活動。2001年にルミネtheよしもとができ、新喜劇の出演オファーがきて芸人の仕事に復帰する。
現在はルミネtheよしもとの吉本新喜劇など舞台に出演している。
「人志松本のすべらない話」シリーズは2004年の初回放送から毎回出演しており、得意の擬音やアクションを巧みに利用し家族の話など多数すべらない話を披露している。これを切っ掛けにバラエティ番組への出演も増えている。
元々この番組はMCの松本人志が番組中に大輔が披露した「食事へ向かう途中」という話をプライベートで聞いた際に「こういう何度聞いても面白い話を披露する番組をやりたい」との発想から生まれたという経緯がある。後にスピンオフ企画として『大輔宮川のすべらない話』がCSフジテレビ721で放送された(『ジュニア千原のすべらない話』も同様)。

エッチ
エッチ
Posted by ladynavi at 12:09:36 │その他

出会いたい芸人-ほっしゃん。-

2008-07-01
ほっしゃん。(本名:星田 英利 ほしだ ひでとし、男性、1971年8月6日 - )は、よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属のお笑いタレント。

大阪府泉南郡南海町(のち阪南町、現・阪南市)出身。
血液型はA型。体重53kg・身長168cm(本当は165cm。本人談。)
上宮高等学校卒業。埼玉西武ライオンズ種田仁、元読売ジャイアンツ元木大介の高校時代の同級生で同じ野球部に所属していた。[要出典]
中学時代の後輩にたむらけんじや小学校・中学校の後輩にイシバシハザマ・石橋がいる(ほっしゃん。の妹と同級生)
吉本総合芸能学院(NSC)大阪校の9期生でナインティナインや矢野・兵動、杉岡みどりなどと同期である。
芸名の「ほっしゃん」部分は矢部浩之(ナインティナイン)が、末尾の「。」はつんくが命名。

うどんの麺を鼻から吸い込み、軽く咳き込んだ後に口から出すという特技を持ち、いくつかの番組で披露している。映画「UDON」でも劇中で披露した。
上記のうどん芸を始めリアクション芸人も顔負けなほど数々の体を張った芸を得意とし、それををどんな状況に置かれても一切動じずに敢行できる。(「リンカーン」の『どんだけぇ〜の泉』にて披露した)なおこれは、ほっしゃん独自のエンターテイナーとしてのサービス精神からくるものである。
その一例を示す有名なエピソードに、某どっきり番組で撮る側と撮られる側、両者の合意である一定のオチを設定していたものの、その過剰なサービス精神から番組を盛り上げようとするあまり、自らが運転する車で崖に落ち大事故にもかかわらず「ええ絵撮れた?」と満面の笑みで答えたというエピソードがある。
トークにも定評があり「人志松本のすべらない話」を始め数々のトーク番組に出演している
結婚後は私生活での嫁とのエピソード(夫婦喧嘩など)をヨシモト∞でのトークネタとして取り上げることが多い。

セックス
SEX
Posted by ladynavi at 12:25:59 │その他

出会いたい芸人-小籔千豊-

2008-06-24
小籔 千豊(こやぶ かずとよ、1973年9月11日 - )は、大阪府大阪市住之江区出身の日本の喜劇男優・お笑いタレント。よしもとクリエイティブ・エージェンシーに所属し、吉本新喜劇の座長を務める。近畿大学附属高等学校卒業。血液型はB型。大阪NSC12期生。同期には2丁拳銃、COWCOW、土肥ポン太などがいる。

最大の特徴は身長188cm、体重63kgという長身かつ超ガリガリ体型。小籔の『やぶ』は藪や薮ではなく正しくは籔である。既婚で娘もいる。なおプロフィール上では身長185cmと表記されていたが、座長就任時のキャンペーンとして「小籔の身長188cmより高い人は無料」と言うキャンペーンを行っていたため、正しくは188cmである。

2005年3月には「吉本新喜劇 川畑泰史・小籔千豊公演 がんばろっカナ!?キャンペーン」をなんばグランド花月にて開催。吉本新喜劇の歴史に残る大イベントを成功させ、イベント内で新喜劇の大御所・桑原和男からも「(川畑小籔両名は)次代の新喜劇を背負うのに相応しい人材」とお墨付きをもらっている(その後も現座長の内場や辻本茂雄が重鎮ポジションになり、次期座長候補の小籔が座長の立場になって新喜劇を上演するなど、次代の新喜劇を背負う小籔にさらなる飛躍が期待されてきた)。

これらを受けて、2005年8月に座長就任要請があり、2006年1月に受諾を決意。2月28日に襲名御披露目を行い、その後1週間は「小籔祭り」として名実ともに初の座長公演が行われた。初回の襲名口上には内場、辻本、吉田ヒロの3座長と未知やすえが脇を固め、2回目以降は辻本、ヒロの代理としてめだかと川畑が参加した。この期間は、小籔より名前が大きい「オオヤブ」姓の人、身長188センチの小籔より背が高い人(女性の場合はハイヒールでもOK)、「千」より大きい名前(万田さん、千一さんなど)の人は入場無料扱いになった。

新喜劇外の活動としては、2006年上方お笑い大賞の話題賞を受賞するほか、過去2003年1月16日には同じく新喜劇を主戦場とするレイザーラモン(出渕誠、住谷正樹)と3人によるユニット「ビッグポルノ」を結成。コントやラップ、トークなど、様々なパフォーマンスを行った。また、2005年8月31日には「国立文楽劇場より愛をこめて」と題して同所では異例のコントライブを行い「伝統とエロスのコラボレーション」(小籔談)を具現化してみせ、ラップナンバー「SUNRISE SUNSET」ではボーカルとラップを務めた。また、土肥ポン太と一緒におくにと申します。で2005年のM-1にも挑戦した。翌2006年は座長・社長とコンビ名を改め出場した。また翌2007年は川畑と座長座長として出場し、みごと準決勝進出(敗者復活は辞退)。2008年2月20日「プリン」を発売し歌手デビューも果たした。


逆援助
ヤリマン
Posted by ladynavi at 11:40:45 │その他

出会いたい芸人-世界のナベアツ-

2008-06-14
主な持ちネタ&ギャグ
「3の倍数と3が付く数字のときだけアホになります」
「3の倍数と3が付く数字だけアホになり、5の倍数だけ犬っぽくなります」
「3の倍数と3が付く数字だけアホになり、5の倍数だけナルシストになります」
「3の倍数と3が付く数字だけアホになり、8の倍数だけ気持ち良くなります」
「3の倍数と3が付く数字だけアホになり、8の倍数だけ人探しをしてる感じになります」
「3の倍数と3が付く数字だけ憤りを感じます」
「3の倍数と3が付く数字だけアホになり、8の倍数だけすごく疲れます」
「3の倍数と3が付く数字だけアホになり、9の倍数だけ正気に戻ります」
「3の倍数と3が付く数字だけアホになり、それ以外もアホになります」

これらはFizz Buzzと呼ばれる、昔からある言葉遊びと同じである。
このネタが誕生したきっかけは、とある駅ビルの床のマスを1個1個数えながら歩いていたらそのマス目が3つおきにアホみたいな明るいどどめ色で、アホな色の時だけアホな声で数えてみたらネタに使えると採用され完成した。

「爆笑レッドカーペット」では、隣に置いた画面に表示される自分の録画映像とともに擬似的なコンビ芸を披露することもある。

「QUEENのものまねでものまねパブのオーディションを受ける男」
「T-BOLANを知らない子供達」
「九九を熱演」
「怪しいお面売り」
「声カッター」
「大好きな歌を我慢」
「ウルトラソウルに助けてもらう」

2007年12月17日放送の『爆笑レッドカーペット』にて第5回レッドカーペット賞を受賞。受賞を契機にTV番組の出演が多くなる。

2008年にはR-1ぐらんぷり決勝大会に進出。決勝3位となる。

「世界のナベアツ」は渡辺貞夫の愛称「世界のナベサダ」に由来する。
名付け親はNSC同期のメッセンジャーのあいはらである (『なるトモ!』にて、あいはらが発言)。

「世界のナベアツ」をブログのタイトルにも採用している。

携帯ゲーム桃太郎電鉄TOKYOに登場するキャラクター・スリの銀次の扮装で「世界のナベアツ」が採用されている。(全額没収される場合に登場する)

雑誌少年マガジンの誌上企画が縁で、漫画金田一少年の事件簿の「魔犬の森の殺人」に本人をモデルにしたキャラ「渡辺鐘」が登場している(顔も似せて描かれている)。

逆援助交際
逆援
Posted by ladynavi at 11:52:31 │その他

出会いたい芸人-カンニング竹山-

2008-06-07
竹山 隆範(たけやま たかのり、別名:カンニング竹山(かんにんぐ たけやま) 1971年4月2日(戸籍上。実際は3月30日 - )は日本のお笑い芸人、漫才師、漫談師。カンニングのボケ担当。

身長は168cm、体重83.5kg。血液型はO型。所属事務所は吉本興業→ワタナベエンターテインメント→サンミュージック企画。

カンニング結成は1992年だが、本人は吉本興業福岡事務所1期生として、1990年にケン坊田中と「ター坊ケン坊」としてデビュー、芸能界入りしているため、後輩として振舞っているくりぃむしちゅーよりも本来は先輩である。くりぃむしちゅーが竹山のことをさん付けするのはそのためである。同期はナインティナインなど(※矢部は呼び捨てだが、岡村は竹山くんと呼んでいる)。


福岡県福岡市城南区出身。福岡県立早良高等学校卒業。上京して大学卒業後芸人になるつもりだったが大学(高千穂商科大学と帝京大学)を不合格になり、予備校に通う。

1990年、浪人中だった小学校の同級生であるケン坊田中と「ター坊ケン坊」を結成しTNCのオーディション番組「第1回 お笑いめんたいこ」で優勝するが、活動前に解散。吉本興業福岡事務所の第一期生としてテレビ出演していたが(博多華丸・大吉やコンバット満らが同期に当たる)、その後仕事が減り単身で逃げるように上京、たまたま東京の定食屋で中島忠幸(当時まだ板前を福岡でしていた)と出会う。

1992年「カンニング」を結成しワタナベエンターテインメント所属となる。その後独立し個人事務所を設立したがうまくいかずサンミュージック入り(当初お笑い芸人はカンニングのみだった)、しかしフリーとなりまたサンミュージックに出戻る。

2004年冬に中島が入院。以来、「カンニング竹山」と呼ばれる事が多くなり、ピン芸人として活動する事になる。
2006年12月20日、相方の中島が死去。
2007年3月30日、結婚。

不倫してみませんか
不倫パートナー
Posted by ladynavi at 11:54:11 │その他

出会いたい芸人-ダンディ坂野-

2008-05-31
ダンディ 坂野( - さかの、本名:坂野 賢一 - さかの けんいち、1967年1月16日 - )は、石川県加賀市出身のお笑いタレントである。血液型AB型。所属事務所はサンミュージックGET。2004年8月22日に入籍した。

1996年に大川興業の舞台『すっとこどっこい』でデビュー。テレビ埼玉の番組『パンドラ御殿』内のコーナー『探偵物集(ものたかり)』で松田優作に扮する寺田体育の日とギャグ対決をし、テレビに初出演した。でんでんの芸風を受け継いだため、第二電電とかけた『第二でんでん』が彼のキャッチフレーズであった。

様々な色のタキシードを常に着用し(ネタ以外では黄色のタキシードが多い)、粋なジョークで世の人を笑わせる。ジョークを言った後に苦し紛れでいう決め台詞「Get's!!(ゲッツ)」は若者の間で流行した。しかし、アメリカンジョークを言った後に板を割るコンタキンテの「千葉ちゃんのペルシャンジョーク」との類似性も指摘されている。

2002年以降のお笑いブームの火付け役となったNHK『爆笑オンエアバトル』の第1回に出演し、合格している。番組初期の功労者であり出場回数も多いが、オンエア率(合格率)は約3割と低く、番組歴代最多のオフエア回数15回という不名誉な記録も持っている。ただし、オフエアとなったネタも極端にKBが低いわけではなく、オンエア率の高い400KB代でオフエアになった時もあった。2000年6月放送分で当時の自己最高KBである393KBを記録したが、6位でオフエアになったため、司会の森下和哉アナウンサーに向かって「超ムカつく!」と嘆いた。ちなみに最高KBは453KBである。オンエア率の低さとは裏腹に番組の枠を超えて人気を博し、彼のブレイクはピン芸人ブームのさきがけとなった。

基本的にネタ芸人であり、お人好しな性格でフリートークが得意でないため、2003年をピークに人気が下降。唯一のレギュラー番組であった『3つのとびら』が2006年3月に終了して以降、テレビ出演の回数はめっきり減っている。現在では月に数本の深夜番組や地方ローカルの番組、及びライブを活動の場としている。だが「アメトーーク」など度々全国ネット番組に「一発屋芸人」として番組出演する事が多く、テレビから消えたわけではない。本人もそのキャラクターに徹しているようで、『たかじん胸いっぱい』(関西テレビ)に出演した際に「お笑いブームで残れないのは分かっていたし、ブレイクした時点で僕の中で何かが終わった気がした。これから頑張るより、一発屋芸人というキャラクターになろうと思った」と語っていた。

愛人
逆援助
Posted by ladynavi at 12:01:09 │その他

出会いたい芸人-髭男爵-

2008-05-24
髭男爵(ひげだんしゃく)は、山田ルイ53世とひぐち君による漫才コンビ。サンミュージック所属。

ひぐちが大学時代に作った同名のコント集団をもとに1999年結成。最初はトリオだったが、1人が脱退し現在の形に至る。

結成から数年間は普通の漫才をしていたが、2004年の夏頃に「キャラつけないと売れへん」と山田がコンビ名を体現した男爵風の衣装をまとい、髭を生やしてネタをするようになった。当時はひぐちは一般人のスタイルだったが2005年秋に召使いのスタイルに変更。当初は山田から「召使いの衣装が目立ちすぎる」とクレームがきた。
2006年ごろからネタのスタイルが受けて、TV出演が増えてきている。

貴族ということで、漫才を「お漫才」、ショートコントを「ショートコンツェルン」、ネタを「ネータ」と呼称する。ネタの前に観客の女性にバラを手渡したり、自作のお札をばら撒いたりする。当初は貴族の山田に庶民のひぐちが振り回されるというものだったが、2005年秋から貴族と召使いによる漫才というスタイルになった。
過去には「こまる〜」と言うギャグもあったが、現在の男爵キャラになってからはやっていない。
ネタの展開部において、ひぐちが唐突に真剣な口調になり、何の脈絡もなく「ぼく妹が重い病気なんだ」「わたしもう二度と踊れない体なんです」などとシリアスな話を始める。すると山田が必ず大げさな身振りと共に「事情が変わった!続けて?」と先を促し、そのまま一気呵成にオチまで持っていく。
ネタが一段落すると、山田が「逆に聞こう、何が面白い!?」「逆に聞こう、何を真面目に観ている!?」などと、開き直るようなフレーズを発してしめる。ネタの最後の「ありがとうございました」はひぐちのみが言う。また、山田がネタの最後に天をあおいで「闇をくれ!」と叫び、暗転を促すパターンもある。
ネタの終了時にひぐち君は客席に礼をするが、山田は(男爵のキャラのためか)そのまま立ち去るか軽く会釈をする程度である。
テレビなどで紹介された代表的なネタとしては、以下のようなものがある。
 「庶民の少年にトランペットを買ってあ〜げる♪」の巻
 「パンを盗んだ少年を優しく注意してあ〜げる♪」の巻
 「舞踏会で出会った素敵なマドモアゼルをダンスにさ〜そう♪」の巻
 「狐狩りで訪れた森でふしぎな妖精と出〜会う♪」の巻
 「ディナーでフルコースに舌鼓を打った後シェフを誉めてあ〜げる♪」の巻
 「洞窟で道に迷っていたら宝を守る石像に襲わ〜れた♪」の巻

出会い系
セフレ
Posted by ladynavi at 11:49:46 │その他

出会いたい芸人-劇団ひとり-

2008-05-17
劇団ひとり(げきだんひとり、本名:川島 省吾(かわしま しょうご)、1977年2月2日 - )は、日本のお笑いタレント、俳優、作家。千葉県千葉市出身。身長176cm、体重73kg。血液型はA型。所属事務所は太田プロダクション。

泣き芸が得意。事務所の先輩で同じく泣き芸を持つ上島竜兵からは「泣き芸をやめてくれ」と言われている。泣き芸には「仕込み」が必要だが、それは常に携帯しているわけではないので、長時間のロケなどの場合は「仕込み」が間に合わず泣くに泣けないこともある。テレビ番組で川島いわく、それは上島直伝の技である。

ネタで演じるキャラクターはマニアックな人物が多いが、実際にはマニアックな物には興味が無いらしく、『中井正広のブラックバラエティ』や『タモリ倶楽部』の出演時に「この番組、僕には向いてないと思うんですけど」と発言している。

友人で先輩の長井秀和がブレイクするきっかけとなったフレーズ「間違いない」は、もともと劇団ひとりが長井のものまねをする際に加えたものである。それを聞いていた長井本人が気に入り自らのネタに用いるようになった。

「ひとりさん」と呼ばれることが多いが、タモリからは「劇団」、「ゲゲゾッゾ」、くりぃむしちゅーや後輩のスピードワゴンからは本名の「川島」「川島さん」と呼ばれることがある。本人は「なんとお呼びすればいいですか?」と聞かれると「“おい”とか“お前”で結構です」と答える。『SMAP×SMAP』では、「“省吾”って呼ばれたい」、『笑っていいとも!』では、「劇ピーって呼んでください」と発言(山Pに由来)。

仕事上のプレッシャーに弱いと自覚しており、対談番組内で野球選手のイチローに「プレッシャーを克服する方法を教えてください」と質問したところ「ない」と即答され落胆した。

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Posted by ladynavi at 11:53:21 │その他
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